断腸亭料理日記2019

断腸亭落語案内 その70 桂三木助 へっつい幽霊

引き続き、三代目桂三木助師「へっつい幽霊」。


出たかい?、おい。
意地のわるい野郎だなー。俺の方に出やがりゃいいのに。
なんか言ってたかい?。
えー?、金返せ?。
幽霊の借金取りかい!?。
おもしろいもの出やがったなぁ。

ま、ま、いいや。
熊さんは、銀ちゃんを自分の家に連れてきて、寝る。

翌日、熊さんは早く起めに起きて、昼時分に帰ってくる。

お帰んなさい。どこ行ってたんです?。

熊さんは、銀ちゃんの家に行ってたという。
奉公人だけでも14〜5人もいる、大店。

銀ちゃん、親不孝だなぁ〜。

銀ちゃんのお父っつあん、旦那に会って、この話をする。
幽霊の金、三百円を使い込んでしまって、このままでは
命に関わります。

親なんてぇもなぁ、ありがてえもんだな。
お父っつあん、泣いてたぜ。
勘当した倅でも、さて、命にかかわるとなると黙っちゃいねぇや。
三百円出してくれたが、こういうわけだから、札じゃ困る、
金貨で、っていったら、あるとこは違うね。
ガチャンと金庫を開けるとね、十円金貨で三十枚。
三百円、ここへ預かってきた。
今夜、幽霊に会って、この銭、叩き返してやれ。

どーいたしまして。
幽霊なんてもなぁ、いっぺん会やぁたくさんですよぉ。
あんまり裏返したり、馴染みんなったりするもんじゃありませんよ。

(裏を返す、馴染みになるは、吉原用語。
 始めてその花魁に会うのを初回、二回目を裏を返す、
 三回目から馴染み、となり、夫(おっと)扱いとなる。)

じゃ、今夜俺が幽太(ゆうた、幽霊のこと)の野郎に返してやる。

へっついを銀ちゃんの家から熊さんの家の土間へ据える。
三百円を前に置いて、

さ、どっからでも出てこい!。
人の銭なんか預かってたっておもしろくもなんともねぇや。
どうせ返(けえ)すんなら、早く返(けえ)した方がいい。
出ろよ幽霊。出やがれー!、と夕方から怒鳴り始めた。

さすがに、幽霊も夕方からは出にくい。
そのうちに、夜もふけてきて、どこやらで打ち出だす鐘が
ゴーン。
土間に置いてあるへっついから、ちょろちょろ、っと火が出る。

まだ出やがらねえ、出やがれ幽霊ーーー!。

と、幽霊、出ることは出たんですがね、後ろで考えてる。
(手を前に出して、幽霊の仕草。
 後ろなので、熊さんからは見えない。)

まで出やがらねえ、じれってぇ畜生だな。
出ろよ幽霊ーーー!。

(幽霊、首をすくめて)
う、う、う、、、
お待ちどう様〜。

(熊さん、後ろ上を振り返り。)
出てやがる。
間抜けなところに出てやがるなぁ。
前へまわれ、前へまわれ。
なんでえその、お待ちどう様ってなぁ。
うなぎ丼(どんぶり)を誂(あつら)えたんじゃねぇぞ。
うらめしいとかなんとかいって、出ろよー!。

えーそれが、うらめしくないもんすからね。

うらめしくねえのに、なんだって出るんだよ。

そりゃ、話をしなくちゃわかんねえんですがね。
と、幽霊、話始める。

幽霊の生前、娑婆(しゃば)での仕事は左官。
(左官は江戸弁ではシャカンとナマル。)

名前は長(丁)五郎といった。
左官というのは表向きで、裏へまわると博打打ち。

長五郎というくらいで、丁の目だけに張ることしていた。
ある日、丁の目ばかり八回も続き、目の前は山のようになる。
すると周りから、いくらか回してくれと友達が言ってくる。
これじゃ切りがないと、なんとか切り上げて帰る。
家へ帰っても、どこから聞いたのか、これも友達が借りにくる。
一人暮らしでもあり、大金を持ち歩くわけにもいかないので
商売もののへっついに百円金貨で三十枚、塗り込んだ。

あたっている時は、おそろしいもの、その日ふぐで一杯やったら
ふぐにもあたっちまった。
どうせ、極楽には行ける身体じゃない、地獄の沙汰も金次第。
閻魔の面にこの三百円をぶつけて、その隙に極楽へ行こうって、
三百円を出してもらおうと、出てくるんだけど、みんな目ぇ
まわしちまうか、逃げちまう。親方、いい度胸だ。どうもご苦労様!。
と、長五郎の幽霊。

そうかい、幽ちゃん。
話はわかったが、これはお前(おめえ)と俺の相談だよ。
これは、お前(おめえ)の銭に違(ちげえ)ねえかも知れねえが
俺のお蔭で娑婆へ出てきたんだ。そうだろ?。
手付かず三百両(円を両でいう習慣があったよう。)持ってこう
とは思わねえだろうな。

ほー。
いくらかはじこうってんですか?。
いくらほしいんです。

いくらったって、しゃーねーじゃねーか。
ポーンと二つ割りにしてよー、お前(おめえ)が百五十両、
俺が百五十両の縦ん棒なんてぇところが、どうだい、相場じゃ
ねーか?!。

百五十両?、取っちゃうの?。
親方ぁ〜そりゃぁ、ひどいよ〜!。

ひどい〜?
いやかい?、いやならよせ!。
じゃ、出るとこ出て、話を付けようじゃねーか!。

出るとこなんざぁ出られやしねーや、こっちゃぁー!。

なにを言ってやがんだい。
元はお前(おめえ)のへっついかぁ知れねーけどなー、
今は俺のへっついだぜ、おい!。
あのへっついから出たんだよ。
見ねえ、あのへっつい、肩ぁ壊れちゃって、傷物んなっちゃって。
あのへっついだって、安いへっついじゃないよ。

へ〜ん、うまいこと言ってら〜。
一円付けてもらったんじゃねーか。

 

つづく

 

 

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