断腸亭料理日記2017

おでん・新橋・お多幸

1月24日(水)夜

寒い。

むろん、もっと寒いところはあるのであろうが、
東京としてはそうとうに寒い。
日が落ちると、一桁前半。

こうなると、おでん。
そして、燗酒、で、ある。

おでんとなると、私にはしょうゆで色が付いた、
純東京風の[お多幸]で、ある。

日本橋をはじめ[お多幸]もなん軒かあるのだが、
ちょっと久しぶりに、新橋に行ってみようか。

同じ[お多幸]の屋号を名乗っているが
銀座八丁目、神田、新宿はグループで日本橋、新橋は
それぞれ独立しているようである。

新橋駅で途中下車をして烏森口を出る。
以前は銀座との境目の高速脇にあったが、
今は、烏森を出て、二本目の南北の通り(赤レンガ通り)、
これを左に曲がって少し行って、ビルの地下。

7時半前、到着。
紺の暖簾を分けて格子を開けて入る。
中に二人×二組ほど待っている。
ここまできて、他の選択肢はあり得なかろう。
列に着く。

見るとカウンターに一人ぐらいは座れそうだが、
やはり順番を守ることにしているのであろう。
ただ、おでんやである、回転は速そうである。

10分、15分ほどで座れた。
予想通り、カウンターの角の席。
おでん鍋の前。

お酒お燗を頼んで、すぐにおでん鍋の向こうの
ご主人(?)に頼む。

すじ、ちくわぶ、つみれ。
すじはもちろん、練り物の。
関西風の牛筋もあるので必ず確認される。

目の前なので、すぐ。

この色の黒いのが純東京風。
よく、おだし、なんというが、勘違いをしてはいけない!。
これは出汁ではない。しょうゆ、で、ある。
以前に旧銀座の店(今の日本橋の前身だと思われる)のレシピを
どこかで見たことがあるが、酒すら入れず、しょうゆ(と水)のみ
であったと思われる。しょうゆはむろん濃口。
もちろん、練り物やら様々な具材から味は出るが。

関西風のおでんは、鰹やら昆布やらから取った文字通り出汁で
煮込んであるものだが、純東京風はほぼしょうゆの煮〆(にしめ)。
私の家もそうであったが、東京の庶民の家庭の煮ものというのは
野菜でも魚でも出汁など取らなかった。入れても、せいぜい酒くらいで
ほぼしょうゆのみ。(むろん砂糖も、みりんすら入れない。
私の父親などはとにかく甘いのを嫌った。)
こういうものであったのである。
そう思えば、この真っ黒はなんら不思議はない。

そして、最初に頼むのは、もう長らくこの三品に決めている。
すじ、ちくわぶは東京オリジナルのおでん種である。
つみれは、好物なので。

この三品を最初に頼むと、お客さんは東京の人ですか
と聞かれることもあるくらい、で、ある。

燗酒はすぐにきた。[お多幸]はどこも菊正。
しょうゆの濃い味には辛口の菊正。燗酒にも相性がよい。

ここのつみれは、ゆずであろうか、ちょっと香りがよい。

次は、豆腐とがんも、それからねぎま。
ねぎまは、ちょっと時間がかかります、とのこと。

がんもがうまい。
とてもしっかりしている。
豆腐はもう少ししょうゆが染みてもよいか。

ねぎまもきた。

焼鳥のネギマではなく、ねぎとマグロ。
かかっているのは、粉山椒。
それこそ、江戸の頃、まだまぐろが安かった頃、
脂っこいまぐろをねぎと共にしょうゆの鍋にしていたのが
元来のねぎま、である。おでんやにあるのはその名残、
と、いってよいか。

次は、ごぼう巻と里芋。

子供の頃は、さつま揚げ系統のものは
あまり好きではなかったが、最近やっと好むように
なってきた。

そして、里芋。
八頭(やつがしら)などの場合もあるが、元来の東京おでんには
欠かせない。志ん生師の落語「替り目」にもおでん種として登場する。
いわゆる里芋の煮っ転がしも然りだがしょうゆの濃い味を付けた
里芋は、うまい。
このようなしょうゆで煮〆た“煮込み”のおでんの前身である
味噌をつけて食べるおでん(田楽)も豆腐、こんにゃく、
に加えて里芋もよく食べられていた。これの名残ではないかと
考えている。

酒二本を呑んで、これで大方腹はよいのだが、貼り紙を
見つけて食べてみたくなったのが「半熟飯」なるもの。
玉子はおでんとして煮たものがあるのだが、この玉子を半熟に
したものを、茶飯にのせたのが半熟飯。魅力的である。

頼んでみた。

茶飯というのはなぜだか、東京のおでんやには昔から
置いているものであった。具もなにもない、しょうゆ味
(おでんのつゆ?)をちょっとつけただけのご飯。

日本橋の[お多幸]では茶飯におでんの豆腐をのせた
「とうめし」
というのが名物になっている。

そのバリエーションといってもよいかもしれぬが、
単に玉子をのせるのではなく、半熟にする、というのは
アイデアである。B級としてもセンスがよい。

これは予想通り、うまい。

ここは客あしらいもよいのだが、こういうものを考え付く
というのは[お多幸]の中でも新橋はちょっと
違っているように思われる。

これで、勘定。

おでんやというもの、おでんだけ食べれば、
そうそう高くはつかない。

ご馳走様でした。

うまかった。

この寒さ、まだまだ待っている人はいる。

さっと呑んで、食べて、帰る、のがよろしかろう。




新橋・お多幸

港区新橋3-7-9 カワベビルB1
03-3503-6076


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