断腸亭料理日記2017

歌舞伎座・吉例顔見世大歌舞伎

その2

さて。

引き続き、歌舞伎座の「顔見世」興行。

一番目の「鯉つかみ」。

この「鯉つかみ」という芝居は、一つではなく、お話違いで
たくさんあるよう。

そのたくさんあるものの一番最初のものの初演(なのか?)は、
ものの本によると文化10年(1813年)江戸中村座とのこと。
とすると、さほど古いものではない。

鯉の魔物、日本的な言い方をすると、化け物(化生・けしょうのもの)から
大切なもの(お姫様だったり、宝剣だったり。今回はその両方)を
取り返すためにその鯉の化け物と戦うというお話。

まあ、よくある感じである。
で、その前段やら、周辺の話、あるいは舞台違いなどでいろいろと
違った芝居ができているのであろう。

鯉というのは蛇などと違って、そうそう悪役じみた
こわいイメージがないのでちょっと、奇異な感じも受ける。

芝居では実際に鯉の着ぐるみを着た役者が出てくるのだが
鯉の顔というのは、目は無表情でプファ〜と口を開けて
こわくはない。
こわいというよりもむしろユーモラス、あるいは気持ち悪い
感じである。

錦鯉などをみるとかなりでかいのがいる。
鯉は生命力が強く、長生きをしてかなり大きくなる。

こういう川や池、湖にいる、主(ぬし)のような年ふる大きな鯉から、
鯉の化け物という連想がはたらいたのであろう。(また、実際に、
そういう民話も各地にありそうである。)(そういえば、池波作品
鬼平にも「大川の隠居」なんという大きな鯉が出てくる
話があったっけ。)

ともあれ。一番目の「鯉つかみ」染五郎の熱演もあって
十分にたのしめた。

さて、主人公の市川染五郎。

「〜ああしろうこうしろう、まつもとこうしろう、こうらいやですか〜」。

なんというフレーズが落語にあった。

染五郎は、当代松本幸四郎(松たか子のお父さん、ラマンチャの男)の子息。

この年明け正月に、幸四郎一家、高麗屋(こうらいや)には
一大事が控えている。

染五郎は十代目松本幸四郎に襲名。幸四郎は白鸚(はくおう)に、
染五郎の子息金太郎が、染五郎にと三代同時襲名する。

昨年、橋之助改め中村芝翫家の親子同時襲名があったが、
この時の芝翫はあいていた名前。

今回は、幸四郎家、高麗屋の代替わりということ。
白鸚は実父が名乗った隠居名でこれを継ぐという格好である。

染五郎は1973年生まれで44歳。
海老蔵だったり、勘九郎だったり、菊之助ら大看板の
子息世代としては一番年上である。
やはりもう背負わねばならなかろう。

また、隠居名の白鸚を名乗る当代幸四郎先生のこと。

少し前のTV「情熱大陸」で取り上げられていたが
これは歌舞伎のことではなく舞台「アマデウス」であった。

やはり、この人は役者ではあったが、歌舞伎役者ではなく、
現代俳優というのか、そちら側に生きる道を見つけた人
といってよかったのであろう。

私自身、幸四郎の歌舞伎ではない舞台は観たことがないが、
TVドラマの演技は記憶に多い。
特に「王様のレストラン」のソムリエ役の怪演、と、いったら
よいのか、は印象深い。

そして、幸四郎といえば弟の中村吉右衛門と
どうしても比べてしまう。
吉右衛門はご存知のように人間国宝。
役者開眼のきっかけは、TV時代劇のかの「鬼平犯科帳」であったという。
これで国民的認知を受け、役者としての地位が不動のものになった。
そして吉右衛門の方はこれが逆に歌舞伎にも大いに役に立ったという。
人生いろいろ。

一方で幸四郎と吉右衛門はちょっと歌舞伎界でちょっと
おもしろいポジションにある。
これは私のような歌舞伎トウシロウだから改めていうこと
なのかもしれぬ。

なにかといえば、この二人は、準市川宗家とでも
いえるような地位にいる、と思うのである。

市川宗家というのは、市川團十郎家。
今は12代目が亡くなったので、海老蔵が親方ということになり
いずれは海老蔵が継ぐ。

かの歌舞伎十八番というのはこの市川團十郎家の専売特許で
他の家の役者は演じてはいけない、ということに
なっている、というのが一般にいわれている。

ただ、今の歌舞伎を観ていると、他の家の役者でも
歌舞伎十八番を演じている例は確実にある。
これ、なぜよいのか、説明したものをあまり見かけないのである。

一般には、落語なども同様だが、日本の伝統芸能の場合、
師匠、先輩に教えてもらって、許可を得られれば、演じてよい、
ということなのだと思われる。

当代吉右衛門と当代幸四郎兄妹は「勧進帳」など歌舞伎十八番を
比較的多く演じているように見える。

このわけを紐解いていくと、こんなことが出てくる。

この幸四郎、吉右衛門兄弟の祖父にあたる七代目松本幸四郎の長男が
子供がいなかった團十郎家に養子に入り、十一代目團十郎に
なっているのである。
そして、次男が幸四郎を継いだ。
つまり、これが今の幸四郎、吉右衛門のお父さん。

準市川宗家といってもよいと私が書いたのは、
こういうことなのである。

もともと歴史的に松本幸四郎という名前は「松本」という姓だが
前名が市川染五郎というように、市川家に近く、市川宗家の弟子筋の
名前、家であったようなのである。

明治に活躍した九代目團十郎には実子がなく、後継者を決めぬまま、
亡くなった。そして、戦後、七代目幸四郎の長男が養子に入り、團十郎を
継いだ。この、いわば團十郎家の主のない間、七代目幸四郎が市川宗家の芸を
受け継ぎ、そして、実子の十一代目團十郎と同時に八代目幸四郎にも伝えた。
男親から子供の男子へ芸を伝えるのは、なんの不思議もないことであろう。

それで、今の幸四郎、吉右衛門兄弟は、市川宗家の芝居ができる。
そういうことではないのか。

ご通家の方々、合っていようか。

トウシロウの勝手な推測なので、間違っていたら、お許し願いたい。

そう、で、なにが言いたかったかというと、
今の市川宗家、成田屋はかの海老蔵一人。
やっぱり、トウシロウの目にも頼りない。

吉右衛門には男子がいない。
とすると、やはり、染五郎改め十代目松本幸四郎は
大看板として歌舞伎界を支えることと同時に、
市川宗家のサポーターとして盛り上げる責任も出てくるのか。

これもわからぬが、合っていようか?。

ともかくも、私個人としては、そういう役者が必要で、
本人の志向はわからぬが、染五郎に期待したい
と思うのである。

 

画 国貞 夏狂言一世一代 天保9年(1838年) 江戸 中村座
音菊家怪談 二番目大切 木下川与右衛門 三代目尾上菊五郎

 

つづく


 


    

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