断腸亭料理日記2016
引き続き歌舞伎「義経千本桜」の通し。
第一部は「碇知盛(いかりとももり)」と
所作事「時鳥花有里(ほととぎすはなあるさと)」。
所作事というのは踊りの幕のこと。
「千本桜」の所作事は通常今回の第三部で上演される
「道行初音旅」である。このため二部の「時鳥花有里」は
今回、江戸以来過去の千本桜関連で上演された踊りを下敷きに
新たに作られたものとのこと。
さて「碇知盛」。
これは前回、3年前に私が観たときにはかなり印象深く感じられた。
この時の主人公の知盛は、吉右衛門であった。
今回は、その甥っ子になるが染五郎。
吉右衛門は人間国宝であり、おそらく東京の歌舞伎役者
立役では、年齢は高くなっているが、名実ともに、
一二の実力であることに異論をさしはさむ人はいなかろう。
この人と、比べられたら形無し。
「義経千本桜」というのは歌舞伎では丸本物といって、
原作は人形浄瑠璃。
したがって、歌舞伎の舞台でも三味線に合わせて太夫が、
状況説明などを語る。
人形浄瑠璃としての初演は1748年(延享4年)。
歌舞伎には翌年にすぐなっているが、年代とすれば
ほぼ江戸時代の真ん中。
田沼時代の少し前。
歌舞伎の歴史の中では、ざっくりいえば、前の方といって
よろしかろう。
文化文政の鶴屋南北、幕末から明治に活躍した
河竹黙阿弥などよりも前。
作品成立にはこんな時代背景があると思っている。
それ以後のものよりもお話が前時代的というのであろうか。
未成熟というのか、、、。
(二部の「いがみの権太」も然りだが)
近代の頭で考えると突っ込みどころ満載である。
その中で、知盛というのが悲劇のヒーローで
奮闘むなしく、壮絶な最期を遂げる。
こういう役には、観客に疑問を持たせず、押しまくる、
圧倒的な存在感と説得力が必要なのであろう。
そういう意味で、吉右衛門の持っている役者としての
大きな存在感で、深い感動を受けた。
だが、その点で染五郎はもう一つ。
まだまだ小さい。
染五郎は踊りについては、トウシロウの私なんぞが
いってもあまり説得力はないが、かなりものであろう。
所作事「時鳥花有里」の主たる踊り手は染五郎だが、
そんな私も、十分に楽しませていただいた。
それに比べると、染五郎の芝居の方はどうしても
物足りなさを感じてしまったのである。
一方で、猿之助。
この第一部では、女形(おんながた)で染五郎の女房役。
猿之助は、もとの市川亀治郎。
私も、NHK大河の武田信玄役の印象が強いのだが、
私自身は、この人の歌舞伎芝居自体を観るのがそもそも
初めて。しかし、この女房役を十二分に
こなしていたと思われる。
これまた、染五郎と比べてしまうが、
猿之助40歳、染五郎が43歳。
年は、染五郎の方が三つ上。
猿之助の落ち着き、存在感は、染五郎を上回っているように
思えたのである。
役者というもの、難しいものである。
もし、仮に二人が入れ替わっていたら。
つまり、悲劇のヒーロー知盛が猿之助で
女房役の典侍(すけ)の局が染五郎であったら。
猿之助は十分にこなし、ひょっとすると今の染五郎よりも
ふさわしいのではなはいか、とさえ思えてしまう。
それだけ、猿之助の押し出しの強さを感じるのである。
いや私は、染五郎を決して嫌いなわけではない。
むしろ、好ましい役者であると思っている。
ちょっと線は細いが、いい男でもある。
頭もよさそうである。
以前に公演中に踊りながら、奈落に落ち、死ぬほどの
大怪我を負ったことがあった。
あの事故もなにか踊りながら、というところが
芸の虫というのか、踊りにどれだけ入り込んでいたのか、
ということを物語っているように感じられる。
踊りであれば、やはりどこへ出ても恥ずかしからぬ、
という安心感を感じられる。
やっぱり、歌舞伎役者というのは難しいものである。
といったところで木挽町[瓣松]の弁当。
二段。
赤飯。
煮物、里芋、筍、牛蒡、椎茸、つとぶ、ボール。
絹さや、カジキ照り焼き、きりいか、奈良漬、
蒲鉾、葉唐辛子、玉子焼、豆きんとん。
国貞「渡海屋銀平 坂東蓑助」
文政11年(1828年)江戸市村座 渡海屋銀平 二代目坂東蓑助
つづく
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