断腸亭料理日記2015

浅草・蕎麦・尾張屋

11月16日(月)昼

午前中栃木で1時すぎ、スペーシアで浅草に戻ってきた。

昼飯を、浅草で。

天丼を喰おうか。

浅草といえば天丼、天丼といえば、浅草。
それくらい天ぷらやの密度は高い。
それも老舗の。

ただ、天ぷらやでも浅草は、お塩でどうぞ、的な
今風の天ぷらやではまあ、ほぼ、ないといってよかろう。
(例外はあるが。)

なぜだかわからぬが、東京の天ぷらというのは、
明治から大正の頃、かき揚げ、それもその大きさを競うようになった
ようなのである。この場合のかき揚げは取りも直さず、天丼用。
つまりこの頃、大きなかき揚げ天丼が流行ったと思われる。

そんなわけで、浅草の老舗天ぷらやは今も
かき揚げの天丼が看板ということになっているのである。

[三定][葵丸進][大黒家][中清]あたりが
老舗の主要な顔ぶれであろうか。

ただこれらは、有名店でまあ、いわゆるはとバスコース。
お昼などであれば、なおさら後悔する可能性が高い、、か。
ただ[中清]は池波レシピで、値も高く庭と座敷が見事、
とちょっと別格。お昼にテーブル席で天丼
というものあるが、これもちょっと大仰な感じ。

となると、天ぷらやはあるが、どれもイマイチと、
いうことになる。

で、あれば、天ぷらやではなく、蕎麦の[尾張屋]。

[尾張屋]は雷門前と雷門通りの田原町寄りの二軒あって
田原町寄りの方が本店。

見た目は町の蕎麦やだが、創業は明治3年。
浅草寺御用とあなどれない。
かの、元祖断腸亭、永井荷風先生もよくきていたという
因縁もある。
ただし、断腸亭先生はいわゆる食通ではなく
どこでなにを食べるのかを考えるのが面倒なので
いつも同じ店で同じものを食べることにしており、
それがたまたまこの店であったということのよう
である。むろん、まずかったらこなかろうが。

雷門前[三定]の隣の方はやっぱりはとバスコースで
やめたほうがよい。
駅から多少面倒でも、本店へ行くべきである。

[尾張屋]というのは蕎麦やではあるが、
天丼も実のところ昔からこの店の看板といってよろしかろう。

時分時には、観光客ではない年配の女性などが
一人でここで天丼を食べている姿を見かけることもある。

東武の浅草駅を出て、雷門通りに入る。

雷門門前をすぎて、てくてくと歩く。

平日であるが、観光客は多い。
人力車の兄ちゃん達が、一生懸命にお客を引いている。
彼ら英語なども喋るのか、外人観光客にも話しかけている。

[尾張屋]に到着。
1時をすぎているので、出てくるお客もあり、
1階の席に相席で座る。

さすがにここには海外からの観光客はいなかろう。
わいわいにぎわっているのは観光客でも皆、日本人。

お茶を持ってきたお姐さんに、迷わず
「上天丼」と、頼む。

ここの天丼はかき揚げではなく、海老天。
上と並は、大きさの違い。

しばし待って、きた。

天丼といっても、上はお重。
ふたから尻尾をはみ出させているのは、お約束。

ふたを取る。


吸い物に、お新香付き。

吸い物には飾り切りをした蒲鉾。

別段、珍しい海老天ではない。
見た通りの、丼つゆをくぐらせた、
衣も大きい大海老天。

まっとうに、うまい大海老天重である。

まっとうに、というのは、油くさくもなく、
正しく揚がっている大海老天。
これは大事なことである。

うまかった、ご馳走様でした。

女将さんであろうか、白髪の上品な年配の女性が
今日は帳場に座っている。

勘定書きを持って立ち、帳場で払う。

ご馳走様でしたと、店を出る時に、女将さんは、

「ありがとうございました、
ありがとうございます。」

と、重ねていう。

これもこの店の“まっとうさ”を現わしている。
浅草のまっとうな蕎麦やである。

以下、蛇足。

これ、なにかというと以前にも書いており、長くなるが
説明をしよう。
「ありがとうございました」「ありがとうございます」
“ました”と“ます”と違った語尾重ねていること。

客商売は「ありがとうございます」が基本である
という。寄席でトリの真打が噺を終えて幕が下がり、太鼓が鳴る。
同時に楽屋などから前座達が「ありがと〜うございま〜す」
と声を上げる。

この場合“ました”ではなく必ず“ます”に決まっている。

“ます”は、昨日もきて、今日もきて、
明日もまたきてほしい時に使う。
で、「毎度ありがとうございます」。
こう先代文治師は教えていたという。

これに対して“ました”は日本語としては
例えば「“今日は”ありがとうございました」と
完了している状態で使う。
一回こっきりのお客に対するような使い方になる、という。
毎度ありがとうござい“ました”とはあまり使わない。
昨日もきて、今日もきて、明日もくる常連のお客さんに
「ありがとうございました」は、やはりちょっとヘンである。

つまり“ます”と“ました”を重ねて使うと
「(今日は)ありがとうございました」
「(毎度)ありがとうございます」
常連のお客に対してもより丁寧で適切な言葉になる、
ということ。

この女将さんは基本、今日もどのお客にもこの二つをいっていた。

女将さんに聞いたわけではないので真相はわからないが、
誰かに教えられたことで、理由を意識はしていないこと
かもしれない。しかしこれが東京の正しいより丁寧な
客商売の挨拶であったのではなかろうか。
私の考察である。

 

台東区浅草1-7-1
03-3845-4500


 


断腸亭料理日記トップ | 2004リスト1 | 2004リスト2 | 2004リスト3 | 2004リスト4 |2004 リスト5 |

2004 リスト6 |2004 リスト7 | 2004 リスト8 | 2004 リスト9 |2004 リスト10 |

2004 リスト11 | 2004 リスト12 |2005 リスト13 |2005 リスト14 | 2005 リスト15

2005 リスト16 | 2005 リスト17 |2005 リスト18 | 2005 リスト19 | 2005 リスト20 |

2005 リスト21 | 2006 1月 | 2006 2月| 2006 3月 | 2006 4月| 2006 5月| 2006 6月

2006 7月 | 2006 8月 | 2006 9月 | 2006 10月 | 2006 11月 | 2006 12月

2007 1月 | 2007 2月 | 2007 3月 | 2007 4月 | 2007 5月 | 2007 6月 | 2007 7月 |

2007 8月 | 2007 9月 | 2007 10月 | 2007 11月 | 2007 12月 | 2008 1月 | 2008 2月

2008 3月 | 2008 4月 | 2008 5月 | 2008 6月 | 2008 7月 | 2008 8月 | 2008 9月

2008 10月 | 2008 11月 | 2008 12月 | 2009 1月 | 2009 2月 | 2009 3月 | 2009 4月 |

2009 5月 | 2009 6月 | 2009 7月 | 2009 8月 | 2009 9月 | 2009 10月 | 2009 11月 | 2009 12月 |

2010 1月 | 2010 2月 | 2010 3月 | 2010 4月 | 2010 5月 | 2010 6月 | 2010 7月 |

2010 8月 | 2010 9月 | 2010 10月 | 2010 11月 | 2011 12月 | 2011 1月 | 2011 2月 |

2011 3月 | 2011 4月 | 2011 5月 | 2011 6月 | 2011 7月 | 2011 8月 | 2011 9月 |

2011 10月 | 2011 11月 | 2011 12月 | 2012 1月 | 2012 2月 | 2012 3月 | 2012 4月 |

2012 5月 | 2012 6月 | 2012 7月 | 2012 8月 | 2012 9月 | 2012 10月 | 2012 11月 |

2012 12月 | 2013 1月 | 2013 2月 | 2013 3月 | 2013 4月 | 2013 5月 | 2013 6月 |

2013 7月 | 2013 8月 | 2013 9月 | 2013 10月 | 2013 11月 | 2013 12月 | 2014 1月

2014 2月 | 2014 3月| 2014 4月| 2014 5月| 2014 6月| 2014 7月 | 2014 8月 | 2014 9月 |

2014 10月 | 2014 11月 | 2014 12月 | 2015 1月 |2015 2月 | 2015 3月 | 2015 4月 |

2015 5月 | 2015 6月 | 2015 7月 | 2015 8月 | 2015 9月 | 2015 10月 | 2015 11月 |




BACK | NEXT |

(C)DANCHOUTEI 2015