断腸亭料理日記2015

歌舞伎座三月大歌舞伎・
菅原伝授手習鑑 その3


「菅原伝授手習鑑」の通し。
昨日は序幕の加茂堤と二幕目の筆法伝授まで

今日は次の、道明寺という幕から。

この幕は、長く複雑な筋だが、おもしろい。
なかなかよくできている。
「菅原伝授」というと、車引きや寺子屋ばかりが上演されているが
この幕を演らないのはもったいない、というのが感想である。

さて、どんな話か。

蟄居閉門となった菅丞相は、大宰府へ配流が決まる。

船で九州に向かう前に、菅丞相の地元である河内国の
土師(はじ)の里の伯母、覚寿(かくじゅ)のもとに
立ち寄ることを警固の武士判官代輝国の情けで許される。

斎世親王と駆け落ちをした苅屋姫は菅丞相の娘なのだが
養女で実の母はこの覚寿で、今は苅屋姫もこの土師の館に
身を寄せている。

ここまでが背景。

歌舞伎では一つの幕だが、原作の浄瑠璃では三つの段に分かれている。

最初は館の一部屋に苅屋姫とその姉の立田。

ここに二人の母である、覚寿が現れ菅丞相を配流に追い込んだのは
お前の色恋によってであると、苅屋姫を棒で叩き折檻する。
実の娘ではあるが、なかなか壮絶である。

そこへ菅丞相のいる部屋から「やめてやれ」と声が聞こえる。
丞相の情けに覚寿は感じ入り、部屋の障子を開け放つが、
そこには菅丞相の木像があるだけ。(木像が喋った?)
菅丞相は罪人の自分が娘に会うことを憚(はばか)ったのであろうと
皆は理解する。

次に立田の夫である宿禰(すくね)太郎とその父である
土師兵衛というのが登場する。この二人は菅丞相を配流に追い込んだ
藤原時平に味方をしている。
菅丞相はこの後九州大宰府へ送られるのだが
彼らが先に連れ出し殺してしまおうと謀(はか)る。

この謀(はかりごと)は鶏を暗いうちに鳴かせて朝がきたと
思わせてしまおうという。(なんだか馬鹿馬鹿しいトリックであるが。)

だがこれを立田に聞かれてしまい、宿禰太郎、土師兵衛父子は
立田を切り殺し、庭の池に沈める。
この切り殺された時に立田は宿禰太郎の着物の裾を噛み千切る。

この沈めた死骸に鶏を近付けると鳴くことを思い付く。
果たして、鶏は鳴き、皆は夜が明けたと思い、覚寿は菅丞相と
別れの盃(さかずき)を交わし、土師兵衛らが用意した偽の迎えの
者どもが到着し、用意された輿(こし)に乗り込み去る。

そこで覚寿は立田の姿が見えないことに気付き、
探してみると池の中から死骸が発見される。

この時、立田の口に宿禰太郎の着物の布が咥えられていることに
覚寿は気付き、犯人は立田の夫の宿禰であると、宿禰の腹に
刀を突っ込む。

国芳画 天保3年 (1832年)江戸・中村座
覚寿 初代三枡源之助

覚寿というのはお婆さんなのであるが、なかなか快女というのか
怪女というのか、すごいもんである。
歌舞伎では三婆のうちの一人であるということだが、
舞台中央段上で大刀を構える堂々たる姿は胸のすくもの。

役者は片岡秀太郎。
この人は私は知らなかった。
この芝居で菅丞相を演じている当代仁左衛門の兄にあたる。
(ちなみに愛之助はこの人の養子になっている。)

次に、判官代輝国(菊之助)が率いる本当の迎えがくる。
輝国は館の騒ぎをみて偽の迎えがきたことを知り、追いかけようとするが
この時、菅丞相が一間から現れる。覚寿は見送ったはずの丞相が
現れたのでびっくり。(ただ、先に出てきた菅丞相とは着物の色が違う。)

そこへ先ほどの偽の迎えが戻ってくる。
輝国と丞相は一間に隠れる。

偽役人は、先ほどの菅丞相は木造であった、本物の丞相を出せ
という。
輿を開けてみると、木像どころか本物の菅丞相。
偽役人はあわてて輿に戻す。

が、偽役人は切られて苦しんでいる宿禰に気が付き、露見を知る。
覚寿は自分が殺したと土師兵衛に告げる。
土師兵衛は息子の仇と覚寿に切りかかるが、
判官代輝国が出てきて取り押さえる。

騒ぎが一段落し、種明かしのようなもの。

木像は菅丞相が、覚寿の求めに応じて自らが彫ったもの。
これが生身の身体に変身して、身代わりとして偽の迎えの輿に
乗っていったのだということ。
この木像は徳のあるもの。後世まで残してくれと丞相は覚寿に頼む。

この館は、後に道明寺天満宮(大阪府藤井寺市)となり、
実際に今も道真公の木造があり、天満宮の御神体とのこと。
(ちなみに国宝のよう。)

そして、苅屋姫、覚寿と菅丞相との別れの
場面があり、幕となる。

人死にが二人出て、木像が動いて身代わりになったり
ちょっと入り組んで、2時間を越える長い幕であるが、
おもしろい。飽きずに観ることができた。

むろん主人公の仁左衛門演じる菅丞相の存在感というのも
なまなかなものではないのだが、先に書いたが、
覚寿という老婆というのか老尼が、悪役(娘立田の夫ではあるが)を
大刀で切ってしまうというのは、痛快で魅力的である。

そしてこの幕では、もう一つ。

奴宅内(やっこたくない)という偽迎えの小役人役で愛之助が出ている。
鼻の頭を黒く塗って、足を出してどじょうすくいのような格好だが、
ちょいとした、道化、三枚目を案じる。
彼はこんな役もするのかと、これも新鮮であった。

ともあれ。

この幕、もっと演じられてもよいと思われる。

いや、この道明寺だけでの上演もわるくはないが、
やはり説明が必要で、これだけ観てもわかりずらい。
やはりこの芝居「菅原伝授」は通しで演るべきではなかろうか。
あるいは、通しをもっとやってほしい。

私のようなトウシロウはいつまでも作品の全体像が
わからないままである。

 

つづく



 

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