断腸亭料理日記2013
引き続き「忠臣蔵」、五段目『山崎街道二つ玉の場』。
京都郊外の街道沿いの農山村。
おかるの父親、与市兵衛を殺し、おかるの身代金の
半金五十両を奪った、斧定九郎。
定九郎の頭は五十日鬘(ごじゅうにちかつら)という
月代(さかやき)の伸びたもの。
ちなみに、石川五右衛門の頭は大百日鬘
(おおひゃくにちかつら)という。
定九郎は五十日月代を伸ばしたもので、石川五右衛門は
百日伸ばしたものということなのであろうか。
顔は白塗り。
黒縮緬の紋付に薄い茶献上の帯。
着物は端折り、草履を腰にはさみ、素足。
やさぐれた、浪人者のカタチ、で、ある。
奪った財布は口にくわえている。
足を広げ、血に染まった大刀を股の間の襦袢(じゅばん)の
裾(褌?)で拭(ぬぐ)って鞘に納める。
文化6年 江戸 中村座 仮名手本忠臣蔵 画 初代豊国
斧定九郎 三代目中村歌右衛門
足を閉じ、雨で濡れた着物の袖、裾を絞るしぐさ。
(実際に生で観ると、このしぐさ、知らないと気付かない
かもしれない。)
くわえていた縞の財布を手に取り、中に手を入れ、
セリフ
「ごじゅぅりょぅ〜〜〜」。
(実に、定九郎のセリフはこれしかない。)
財布の紐を首にかけ、財布は懐に入れる。
かたわらに転がっていた与市兵衛の死体を
谷底に蹴落とす。
舞台下手に置いてあった破れ蛇の目を(あたりは真っ暗なので)
足で探って手に取り、花道にかかる。
蛇の目を広げ、差して、肩に担ぎ、見得(みえ)。
嘉永4年 江戸 市村座 仮名手本忠臣蔵 画 国芳
斧定九郎 三代目嵐吉三郎
と、そこに、花道から猪が現れる。
定九郎は慌てて本舞台に戻り、稲藁の向こうへ身を隠す。
猪は舞台上を暴れまわり、上手へ消える。
猪を見送った定九郎は稲藁から出てくる。
と。
(竹本)「あわやと見送る 定九郎が 背骨をかけて貫玉(ふたつたま)」
で、パーンと、鉄砲に撃たれる。
正面を向いて、口から血を吐き、その血が膝に掛かる。
苦しみもがき、仰向けに倒れて、定九郎、絶命。
これ、文字で書いて伝わるとも思えぬが、ワンカット、
ワンカット、実に歌舞伎の美意識を集めたような斧定九郎の
一連の芝居である。
今月の定九郎は、尾上松緑、音羽屋。
松緑はこの手の役は、はまり役か。
与市兵衛の財布を奪う登場から、鉄砲に撃たれて絶命するまで、
どのくらいであろう、10分もないかもしれない。
(あとで、DVDを視ながら計ってみるとわずか5分ほど。)
この短い間に、これだけの芝居をする。
圓生師の落語「中村仲蔵」によれば、忠臣蔵『五段目』は
爺さんと山賊のような者が出てくるだけ。筋を通すだけで
たいしておもしろくもないので弁当を食う"弁当幕"などと
いわれていたという。
しかし、初代中村仲蔵が、定九郎に、衣裳からなにから変えた
これだけの工夫をして一躍見せ場に変えたという。
初代仲蔵一人の工夫というのが史実なのかどうか、わからぬが、
今もこの形が続いている。
初代中村仲蔵がこの工夫をしたといわれているのは
明和の頃で時代的には田沼時代。
「忠臣蔵」の初演からは20年弱。
初代仲蔵は、木場の親玉といわれていた四代目市川團十郎の弟子。
四代目の團十郎は当時“修行講”という
演技研究会を開き、上も下もなく、演技の研鑽に務め、
そいういうところから、このような演出がうまれてきたと、
いわれている。
先に、歌舞伎らしいと書いたが、もう少しいうと、このような形は
いわゆる今、我々が思う江戸らしい"粋"ではなかろうか。
上方で人形浄瑠璃として生まれた「忠臣蔵」だが
ここに、江戸らしい“粋”という美意識が加えられた!?。
逆に、この頃に江戸らしい“粋”が生まれたといってもよいのでは
なかろうか。
江戸らしい歌舞伎というと「勧進帳」に代表されるような
もう少し前に成立した文字通り荒ぶる芸、荒事というのもあるが、
もう一方で私は「助六」というのも思い出す。
「助六」は一般に江戸っ子の代表ともいわれる。
文政2年 七代目團十郎 江戸玉川座 国安
助六由縁江戸桜 揚巻の助六
田沼時代前後というのは、蔵前の札差全盛の頃で
「十八大通」なんという金を湯水のごとく使う通人(つうじん)が
吉原だの歌舞伎の小屋を闊歩した頃。
今残っている「助六」『助六所縁江戸櫻
(すけろくゆかりのえどざくら)』は
この頃の札差の主人で通人の大口屋暁雨をモデルにしている。
江戸らしい美意識“粋”はやはりこの頃に生まれ
流行したものであったといっていよいのであろう。
そして初代中村仲蔵などによって「忠臣蔵」にも
取り入れられ、様式化していった、のであろう。
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