断腸亭料理日記2013
7月22日(月)夜
北陸への日帰り出張から、19時すぎ、上野に
戻ってきた。
北陸も暑かったが、東京はまた、随分と蒸し暑い。
上野駅から出ようとすると、雨。
安い傘を買って丸井前の、広小路口を出る。
真っ直ぐ家へ帰ろうか、ラーメンでも食べようか、迷いながら
帰ってきた。
雨はパラパラだがおそろしく蒸し暑い。
妙に、もつ焼き、やきとんの店が目につく。
この蒸し暑さには、冷たいビールかサワーにもつ焼きは
最高、で、ある。
ただ。
先日、人形町の[カミヤ]へいったが、上野にも小さいがおそらく暖簾分けと思われる
同名の店がある。
この上野の[カミヤ]は、昭和通りの北の方。
丸井の方に歩き出してしまったので、この蒸し暑さで
あそこまで歩く気にはならない。
かといって、いくつもあるが、このあたりの
テキトウなもつ焼きやに入るのも、リスキー。
(立ち呑みも含めて、他にも入ったことのある店は
なくはないが、なんとなく、気分ではない。)
どうしようか。
考えつつ、御徒町の駅まできてしまった。
無難な(?)ところで、いつものとんかつにしようか。
毎度書いているが、上野はとんかつ発祥の地で、
安心できる老舗には事欠かない。
ここまできたのだからと、さらに南へ下がって、松坂屋の向こう。
[ぽん太]
。
やはり、ここが一番かなぁ、と考えてきてみると、、休み。
ここは月曜休みだったか。
続いて、松坂屋裏、 [蓬莱屋]
。
またまた、あれま。
暖簾がない。
(ここは店仕舞いが早く、19:30がラストであった。)
毎度、同じような道を歩いているようだが、
やっぱり、[井泉]
。
ここは8時45分までなので、いつも救われている。
うろうろしているうちに、雨もやんでいる。
だが、やはり蒸し暑さはひとしお。
広小路を渡って、路地を抜けたところ。
格子を開けて、入る。
お客さんは引けている時間なのか、カウンターは空席。
いつもこのあたりに座るのが多いような気がするが、
右側、手前から二ツ目あたりに座る。
いや、いや、暑かった。
まずは、なにはなくとも、冷たいビール。
肴は、今日も、かにときゅうりのサラダをもらおうか。
とんかつは、ご飯はなしで、特ロース。
ここのビールはキリンラガー。
ビールを呑みながら、今日は厨房の中をゆっくり見る。
私の頼んだ、かにときゅうりのサラダ。
若い衆が、ボールで和えているようである。
作り置きではなく、オーダーが入ってから、作っていたのだ。
きたきた。
今、サラダ、と、いうのは、マヨネーズなどを完全に和えた状態で出てくる、
というのはあまり見かけない。
ここ以外では、浅草の洋食や[ヨシカミ]のコンビネーションサラダは
そうであった。
マヨネーズで和えて、しばらく時間をおいたものは、
コールスローで別のものではあるが、これはそれとは
また、違う。あくまで普通のサラダであろう。
どうせ、食べるときに混ぜるのであるから、あらかじめ
全体にきちんと行き渡らせたものを出してくれる、というのは、
よいように思う。
(これ、昔の洋食やのやり方、なのであろうか。)
さて。
きた。
特ロース。
今日は、こちらも揚げるところを見ていたが、
もともとの肉の厚みが、遠目ではあるが、3cmはあったように
思われる。
一口、口に入れると、衣がサックリ。
歯が衣に当たった感触が実に、よい。
ここはパン粉の粒が大き目なので、よりそう感じるのかもしれぬ。
それから「お箸で切れるとんかつ」というのが、
昔からのここのキャッチフレーズだが、なにか仕掛けでもしてあるように、
口の中でうまみとともに、フワッと、肉がほどけていく。
満足。
ご馳走様でした。
ご飯とうまいとん汁も食べたかったが、多少でも
セーブはしなくては。
大江戸線で一駅乗って、帰宅。
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