断腸亭料理日記2009

めじまぐろ

1月24日(土)夜

三崎町のとんがらしで、ひもかわを食って、
御徒町に戻る。

先週、仕事用の鞄の持ち手が壊れてしまい、
新しいものを買わなければならない。

御徒町、多慶屋の春日通りをはさんで前の鞄や。
出張用など旅行用も含めて鞄の類は、最近はここで買っている。

これ、場所柄であろう、この界隈には鞄やさんが少しかたまってある。
私の住む、元浅草などにも、いわゆる、袋もの、の製造卸をしている
会社などもある。

明治以降、このあたり、御徒町、小島町、元浅草などには、
簪(かんざし)など、錺(かざり)もの、と、いわれる、
金属細工をする職人の街であった。

袋もの、というのは、もともとは、和服を着る時に持つ、布製の袋。
(信玄袋、といえばわかりやすかろうか。)
そこから、今は、ハンドバッグだったり、がま口、財布の類、
定期入れ、そういうものを袋ものやさんでは、扱っている。
先の錺ものというのは、金属の細工、で、あるが、
こうした袋ものには金属の金具が使われている。
このあたりに、鞄やさんが多いというのは、
そういう歴史とも無縁ではなかろう。

ともあれ。
鞄を買って、今度は、毎度お馴染み、アメ横の魚やへ。

あいかわらず、人は多い。

今日はなにがあるかな?
と、見ていると、一番手前に、メジマグロ、一本、800円。
脂があるのか、ないのか、よくわからないが
これはちょっと、魅力的である。

それから、奥の方に、いいだこ。
子持ちのようである。

いいだこ、と、いうのは、そもそも、
胴体(頭)に子が詰まった状態が
飯(めし)の粒のように見えるので、この名前が付いている。
しかし、実際に子持ちというのは、食べた記憶はない。
いいだこ自体は、輸入ものも多く、年がら年中出回っていて、
安いのだが、子持ちは、この時期だけ。
四杯で500円。
これはぜひ買わねば。

すると、、、。
私より先に立っていた、おばさんが、
店のおじさんになにかいっている。

聞いてみると、一盛、500円の芝海老を値切って、
おじさんに断られている様子。

この店は、基本的にもともと安く、アメ横の他の店と違って、
あまり、安くする、というのは、ない。
(毎度書いているが、ここには、ほとんどが一盛
500円と決まっている。
値段の上がり下がりは、盛られている量で調整しているのである。
今日のいいだこは、子持ちでなければ、四杯ではなかろう。
十杯以上は、この店ではあると思われる。)

余談だが、基本的に、東京には、大阪のような
値切る文化というのは、あまりないのではないか、
と、思っているのだが、いかがであろうか。

ここアメ横は「マグロ、三つで千円、センエン、センエン、、!
センエンでいいよ〜〜」などとやっているのが
名物のようになっているが、こういう売り方は、
東京でも、他には少ないのではなかろうか。
アメ横の成立は戦後すぐの闇市、で、ある。
戦後の闇市からのものではなかろうか。

そういえば、もう一か所、値切るところがあった。
秋葉原の電気街。ここもそうだ。
やはり、秋葉原も闇市から発展した。
無関係ではないかもしれない。

一方。
お酉様、酉の市の熊手だったり、鬼子母神の朝顔だったり、
伝統的な対面販売の市でも東京の人間は、どうであろうか、あまり
値切らないのではなかろうか。
まあ、これらは縁起ものだから、というのもあろうが、、。

昔、江戸っ子は「宵越しの銭は、、云々」と、いうようなことも
いわれていた。これは極端な話だとは思うが、
粋?、見栄?、、そいうのもあろう。
金離れがよい、というのをよし、と、してきた?
なんとなく、値切るのは、格好がわるい。
そういう気風はやはりあるのではなかろうか。
私個人のことをいえば、値切るのは面倒だし、毎週きていれば、
安いのか高いのか、わかるし、顔馴染みになれば、
あうん、の呼吸のようなものができてくるであろう。

で。

おばさんは、店のおじさんにまだなにか、
いっている。
私は、メジといいだこ合わせて、1300円を財布から出して、
待っている。

いい加減に、おじさんは痺れを切らし、私に、
「兄ィは、なに?」
と聞く。

「そっちの、いいだこ、と、メジ一本」

と、おばさん、
「ちょっと、なによ!」

と、まだいっている。
おじさん、聞き流し、私に、
「あいよ」

と、メジと、いいだこを、袋に入れてくれる。
用意した1300円を出し、袋を受け取る。
「まいど」

と、おじさん。

「はい。どうもー。」
と、私。

そのまま売り場を後にする。

私はといえば、なんとなしに、おじさんに
『兄ィ』と呼んでもらえたのが、うれしい。
そんな心持ち、で、ある。

急いで、路駐の車に戻り、帰宅。

さて、メジマグロ一本。


大きさは、ちょっと大きめの鰹というところか。
長さ、5〜60cm。

メジマグロとは、なにか。
基本的には、マグロの子供。

マグロにも、高価なクロマグロ(ホンマグロ)、安いキハダマグロ、
などいろいろあるが、どちらも、子供はメジ、と呼ばれるという。

ホンマグロのメジは、相模湾などで揚がるという。
そして、今、寒い時期が旬、とのこと。

なるほど。
いい時期なのであろう。

おろす。

まずは、頭を落とし、普通に、三枚におろす。
だいぶ、血が出てくるので、これが身につかないように気をつける。

半身二枚と、頭、中骨と、なった。

頭はどんどん血が出てくるので、流しに置いておく。
中骨と片側の半身は皿に載せてラップをし、冷蔵庫に。

半身。むろん、刺身、で、あろう。

皮を引く。

これが思ったより、難しい。
尾から、皮と身の間に包丁を入れ、切っていくのだが、
途中で、皮が切れてしまった。

一度切れてしまうと、続けるのがとても難しくなる。

(当初は出刃でやったが、後で、もう半身は、刺身包丁で
やってみた。皮がやはり、弱いのであろう。
皮をはがすように切るのではなく、身を切るように、
皮に身を残してもよい気持ちで、切ってみたら、
皮はちぎれずに、引けた。)

なんとか、皮を取り、柵にし、血合いも切り取り、
腹側の部分を、刺身に切る。


ハラスの部分に、わずかに脂があり、コリコリとした、
中トロという感じではある。
ハラス以外は、脂はないのだが、あまい。

なかなか、うまいもので、ある。

クロマグロ、というのは、おろしてすぐ、ではなく、
牛肉などと同じように、熟成させて食べる。
メジの場合もそうかもしれぬ。
わるくはないが、ちょっと、フレッシュな感じ、で、ある。

夜中。

中骨からスプーンで身を取った、すき身。


クロマグロならば、いわゆる、中落ちだが、
メジなので、脂はないが、柔らかくてあまく、うまい。

翌朝。


少し、熟成されたか、気持ち、色がかわっている。
味は、やはり、こなれている、というのか、
こちらの方がよい。

食べで、が、あり、
結局、月曜まで食べたが、あまみが増し、十二分にうまかった。

旬のメジマグロ一本。
こういうものが、食えるのは、幸せ、で、ある。




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