断腸亭料理日記2008
11月21日(金)第二食
さて、昼間。
休みの日にしかできぬこと、銀座の銀行へいく。
(この銀行は私の行動範囲では、銀座にしか支店がなく、
仕事中になかなか外出ができず、休みの日にしか行けない、
ということになるわけである。)
今日もひとつ、着物を着ていこうか。
さほど寒くもなく、天気もいい。
着物を着て街を歩けるのは、休みの日の特権、ということ。
ついで、で、あるから、帰りに、そばやにでも行こう。
銀座で、そばや、というと、どこであろうか。
むろん銀座には蕎麦やはいくらもあるのだが、これは、というところは
私が考える範囲では、ないように思う。
で、あれば、神田で降りて、まつや、にいこうか。
稲荷町で乗って、銀座までいき、銀行を回り、
再び銀座線の銀座駅まで、戻る。
着物を着て、ウイークデーの現代の東京の街を歩く、
これはどんな気分なのか。
会社へいくのに、まさか着物をきてはいけない。
以前には、正月の仕事初め、若い女性が、晴れ着を着て
(着させられて、なのか)会社へくる、というようなこともあったが、
今はほとんどそれも見られなくなっている。
また男が、会社に仕事にいくのに、着物を着ていく、というのは、
まあ、今、あり得なかろう。
それも45歳にもなる、いい大人が、で、ある。
もし、着物をきて、オフィスに現れれば、
間違いなく、ああ、あいつも、とうとう切れてしまったか、
と、いわれることであろう。
今、仕事として着物を着ている男性というと、どんな仕事か。
落語家。
寄席の行き帰りも着物姿だったのは、亡くなった
桂文治師匠まで、で、あったろうか。
(私も、袴をはいた師匠を、上野広小路の駅で見かけたことがある。)
今の落語家は、普段、着物を着ている、という人は、
まあ、皆無、で、あろう。
着物は、鞄に入れて持っていき、楽屋で着替える、というのが
普通である。それも、自分の出番の直前に着て、終われば、
すぐに着替える、というのが当たり前になっている。
まるで、着ていたくない、というようにも思えるくらいである。
私などは、やはり、着物が好きなのであろう、
素人の発表会などに出ていた頃も、できるだけ、
着ていたい、と、思い、着物姿で廊下などを
用もないのに、うろうろしていたものである。
落語家でなければ、伝統的な仕事で、相撲取り、歌舞伎役者?
いや、彼らも、普段着はジャージや洋服であろう。
または、茶道の家元?、あるいは、呉服屋の旦那?
「いい仕事してますね」の中島誠之助さん?
そんな感じであろうか?
(そういえば、作家の京極夏彦氏はちょうど私と同い年であるが、
よく着物を着た姿を見るような気がする。)
休みであるから、なにを着て、どこへいこうが、
別段、誰かに、とやかくいわれる筋合いはない。
とはいうものの、当初、自分でもヘンな人になった気分、
で、あることは間違いなかった。
しかし、こうして、昨日今日と着ていると
履物(雪駄)にしても、足袋にしても、あるいは、
懐に財布をしまい、袂(たもと)に小銭入れを入れ、手拭いは、
前にはさみ、ちょいと寒いと、懐手をしたり、、、
そんな状態に慣れてくると、自分では物理的な、
違和感のようなものはなくなってくる。
道行く人は、どう思うのであろうか。
例えば、地下鉄で隣り合った人は?
自分では、できるだけ“普通”である様子、
「いや、これは私の仕事着、なんですよ」という風に
思うようにしてみた。
そうすると、物理的にも心持も、特段、ヘンなこともなくなってくる。
じろじろ見られる、というようなこともなくなったようにも思う。
(そうなのである、東京というところは、よくよく考えると、
ヘンな人は、たまには、歩いているのである。
堂々としていれば、誰も違和感は持たない、というような
街でもあったのである。)
(そうはいっても、こんなことを考えること自体が、
そもそも、ヘンであることは、十二分に認識してはいるのだが、、。)
しかし、まあ、もう一つ、別の観点から考えてみると、
仮装?いつもと違う自分になりたい、というような
変身願望、で、あろうか。女装をしたい、とか。
あるいは、現実逃避?
まあ、ストレス解消に、現実逃避でも、いいじゃないか、とも思う。
旅に出る、というようなもののようにも思えはしまいか。
自分一人、東京に居ながら、着物を着て、時間軸だけ昔に旅をしている、、、。
まあ、いろいろな理屈や言い訳は付けられるが、
結局、私は着物が、好きである、ということが
わかった、ということである。
銀座からの帰り。
神田駅の先頭から降りて、長めの地下道を抜け、
万惣フルーツパーラーの脇に出る。
中央通りと靖国通りを渡り、向こう側へ。
靖国通りがカーブをしているあたり、まつや、で、ある。
右側の入り口から入る。
3時すぎ、さすがにすいている。
あいているテーブルに一人で座る。
やっぱり、お酒、お燗。
あとはなににしようか。
つまみはやめて、いきなりそば。
鴨せいろ、にしようか。
ここで、鴨せいろを頼むのは、初めてかもしれない。
鴨はつまみ、にもなる。
一緒に持ってきてもらうことにする。
お酒が、そば味噌とともに、きた。
さほど時間を置かず、鴨せいろもきた。
ここの鴨せいろは?
つくねと、脂身の付いたスライス肉。
肉への火の通り方も、むろんよい。
呑みながら、鴨肉をつまみ、そばもすする。
食い終わり、呑み終り、蕎麦湯でつゆも割って、
全部飲み干す。
うまかった、うまかった。
席で勘定をして、出る。
ここからであれば、元浅草までは、すぐである。
ぶらぶら歩いて帰ろう。
万世橋を渡って、アキバを抜けて、JRをくぐり、
昭和通りも渡り、神田和泉町。
凸版印刷の前を通り、清洲橋通りも渡る。
教会の脇を抜けて、左に曲がる。
蔵前橋通りを渡り、鳥越おかず横丁も抜けて、そのまま北上。
旧小島小学校、春日通りも渡り、元浅草到着。
やっぱり、着物姿で、うろうろ歩くのは、
楽しいものである。
これから休みの日は、完全に着物で過ごそうか、、、。
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